第弐拾参話「兵共が夢の跡」


 迫り来る敵の矛先。死を覚悟した時、人は今まで歩んだ人生を振り返るという。そういう私も例外ではなく、頭の中に今まで過ごした刻が次々と鮮明に浮かび上がる。  赤い雪…。流れる夕焼け…。赤く染まった世界…。それを黙っている事しか出来ない自分……。

「約束だよ……」
―えっ!?この記憶は―?。一瞬頭を過った記憶…それは何処か懐かしく悲しげな…、だけど、それが何であるか理解する前に、敵の刃は私を突き切ろうとしていた…。
「待たれい!」
 その時だった。蝦夷の魂達とは違う声が頭の中に響いてきた。太く凛とした声…。この声の主は一体…?
『あ、阿弖流為様!?』
 阿弖流為!遠き昔この地を護った英雄が何故ここに…?
「柳也(りゅうや)陛下に清水の岩の封印を解かれ早1000と5年…、ようやく我が子孫に会い見(まみ)える事が出来たな……」
『しかし、御方の子孫はもう……』
 そう、阿弖流為の子孫である真琴はもう…、全ては私のせいで……。
「案ずるな。我が子孫の魂は今儂の胸元で眠りに就いておる。折角会えた我が子孫をそう易々と空に旅立たせる訳にはいかんからな」
「それじゃぁ!!」
「源氏の血を継ぎし者よ…。そなたが望むなら我が子孫の魂、再び肉体へと戻すが…?」
「それは願ってもない事です、再び真琴とやり直せるなら…。でも、蘇っても真琴の体は現代の生活には……」
「それも案ずるでない。儂の魂を同化させ、我が子孫の体の一部とする。さすれば何とかなろう。神夜殿…、後は頼み申しましたぞ……」
『はい…』
 その時響いて来た声はあゆを少し大人にしたような声で、神々しく何処か懐かしみのある声だった。
『直接お会いになるのはお久し振りですね祐一さん。あゆの母の「月宮神夜」でございます』
「あゆのお母さん…?でもお久し振りって、私は神夜さんにお会いした記憶は……」
『会っているのですよ。貴方がまだ幼かった頃に何度か…』
 幼稚園にあがった頃から私はこの街に来ても名雪と遊ぶばかりだった。でも、恐らく母さんが私がまだ小さかった頃にあゆの家に連れていったのだろう。
「それであゆのお母さんがどうしてここへ?」
『この世に未練を残した強い想いの魂を空に旅立たせるのが私の使命。また、その反対に望みのものに強く転生を望む者を望むがままに転生させるのが、「イタコ」と呼ばれる特殊な力を使える巫女たる私の務めなのです。言うなれば私は「魂を司る者」です』
「魂を司る者…」
『ええ。そしてまた、自分の魂を自在に大気中を移動させる事もその力を使えば可能なのです。もっとも、本来ならこの能力は生前の内に他の者に伝承させなくてはならなかったのですが……』
「では神夜殿、始めて下され…」
『はい…。我等を護り賜し八百万神よ、願はくば空を幾千年旅して来たこの者の魂、我の力を持ち、新たな身体へと還へり誘(いざな)わん……。夢幻傳生……』
「この地に己の魂を縛りし我が同胞よ。朝廷と和解し、文化を取り入れようとしたのは儂自ら、彼等を怨むでない…」
『し、しかし、御方を謀略にて殺めた朝廷を許す訳にはいきませぬ……』
「八百比丘尼(やおびくに)と契りを結んだ儂を朝廷が恐れたのも無理無き事…。弱き心を持ちし人は哀れなれど、怨むものではない…。また、人と翼人交わりし所に悲劇は避けられぬものよ……」
『…承知致し申した……』
「そして、今に生きる者よ、自然を破壊し、文明の中に生きるのも一つの生き方…。だが、これだけは心に止めておけ…、その行為は人にしか達し得ぬ大義を成就する事を目的とするのみ許される生き方なのだと……」
「人にしか達し得ぬ大義…?」
「いずれ分かる時が来よう…。これでようやく我が子の一人を救う事が出来たな……」
『祐一さん、その娘の胸に耳を当ててみて下さい……』
「!?聞こえる…、心臓の音が……」
『暫くは眠ったままでしょうが直に目覚めるでしょう。ですからご心配なさらずに…』
「ええ……」
『源氏の血を継ぎし者よ。貴殿が再び我等が希望を護り見守ってくれるなら、我等はもう思い残す事はない。空へ旅立ち再び生を賜るとしよう…。神夜殿、我等の魂を空へと旅立たせ賜わん……」
『承りました…。我等を護り賜し八百万神よ、願はくば地上に魂を縛りし者共を我が力を持ち、無事空へと旅立たせん……。無魂大氣行……』
 神夜さんが呪文を詠唱すると、今まで感じていた蝦夷の魂達の気配が消えた。今彼等は空へ舞い上がり、大気へと旅立った…。再び彼等が地上へと舞い降りる時はいつになるかは定かではない。だが、再び舞い降りた時、その来世は戦いに巻き込まれず平穏無事に過ごしてほしいものである……。
『…祐一さん、これから貴方には堪え難い悲しい苦痛が訪れるでしょう…。ですが、貴方も私と同じく柳也陛下の見守る中想い合う同士で誓い合った仲…、きっと大丈夫です……。娘の事を宜しく頼みましたよ……』
「か、神夜さん……」
 堪え難い苦痛、柳也……。意味深な言葉を残し神夜さんの気配は消えた。
「みんな無事か!?」
 負傷が少なく歩く事を苦としない一成先生が、負傷した應援團一人一人に声をかけて回る。その都度一人一人目を覚ましていく。どうやら一時的に気絶させられていただけで、力を限界以上使った潤と、私を庇った舞以外は軽傷で済んでいるようだ。
「戦いは終わった。撤退開始!!」
 團長の掛声で撤退を開始する應援團。潤は一成先生に抱えられ、他の應援團は互いに抱え合いながら戦場を後にした。
「終わったな…、熾烈な戦いだった…。恐らくこれから生きていく上でこれを超える戦いを行う事はまずないだろうな…。舞、俺達も帰るとするか…」
 私も真琴を抱き抱え、戦場から立ち去ろうとする。しかし、舞はその場に立ち止まり動こうとしない。
「どうした、舞?やはり歩けない程重傷なのか…?」
「私の戦いはまだ終わってないから…」
「えっ!?」
 その刹那、背中に新たに気配を感じた。
「この気配…、魔物…!?どうして今まで感じなかったんだ…?…!?もしや、應援團がこの場から立ち去って、舞一人になるのを待っていたのか……」


「クッ!!」
 私は眠りに付いている真琴を足元にそっと置き、態勢を立て直し、攻撃に転じようとした。しかし、先の戦いで力を使い果たし、思うように体が動かない。
「祐一、後は私に任せて、これは私の戦いだから……」
「舞…」
 真琴を抱く関係で私が地面に放り投げていた剣を拾い、舞は魔物へ立ち向かう。体が傷付いているのは舞とて同じである。案の定、態勢が整わず脚をふらつかせる舞。魔物はそんな舞に容赦なく迫り来る。源氏の力のお陰で魔物の動きが逐一確認出来、徐々に徐々にその刃が近付いて来るのが分かるのが何とも痛々しい…。
「…兄様は…私が護る…!」
 そんな時だった…。今まで眠りに付いていた真琴が目覚め、左手を前に振りかざし。念動フィールドを展開する。
「真琴、気が付いたか…良かった…」
「うん…、私は大丈夫、だから…」
 余っていた右手を胸元に当てる真琴。すると、真琴から空気を伝わって温かい温もりが私に伝わってくる。その瞬間、思うように動かなかった体の呪縛が解き放たれた。
「これが失われた『命』の力…。対象者の『生きる』思いに呼びかけて細胞を活性化させ、回復力を早める能力よ。兄様、それに舞さん、これで動くのに必要最低限の体力は取り戻せた筈よ」
「御に着る…。おっと!!」
 二つの力を同時に使った為か、弱まった真琴の念動フィールドを突き破り、魔物が押し寄せてくる。私達は各自散開し、回避行動に移る。
「兄様達、ここは私に任せて!はああ〜!!」
 前面に出、迫り来る魔物の攻撃を受け流すように払い除ける真琴。その動きは荒ぶる波のようであったが、無駄が無くい滑らかな動きだった。
「なかなかね…。阿弖流為と融合していなかったら私でも渡り合えたかどうか……」
 再び真琴がフィールドを張り、私達と魔物は膠着状態になった。
「舞、一体魔物って何なんだ!?」
「……」
「舞、どうして答えないんだ!!」
「…舞さん、分かっているでしょう?貴方が魔物と呼んでいるのは貴方自身の分身だって事……」
「……」
「えっ…!?どういう事だ、舞?」
「私には聞こえるよ…、魔物さん達が貴方の体に戻りたい気持ちが…。あったかいよ…、舞さんの解き放った力…。こんなにあったかいのにどうして拒むの…?」
「…戻ってどうなるの…。この力をまた使えるようになってもまた利用されるだけ…。私はただお母さんを助けたかっただけなのに…、この力は見せ物でも應援團の為に使うものでもないのに、どうしてみんなそんなに欲しがるの…?…だから解き放ったのに……」
「でもね、解き放った力は戻りたがっていたのよ…。だけど上手くそれを伝える事が出来ないから、力で訴えるしかなかった…。そして貴方はそれを拒み、いつしかその力を忌み嫌い『魔物』と呼ぶようになったのね……」
「結局は自分と戦っていたという事か…。…真琴……」
「…えっ!?でも兄様…」
「いいから…!」
「分かったわ、兄様…」
 私は手を下に降ろし、フィールドを解き放った。攻撃を妨げるものがなくなった魔物は私に狙いを定め、襲いかかってくる。
「祐一!!」
「舞…すまなかったな…。私がもう少しここに早く戻って来ていたら、貴方を苦しませる事はなかった…。結局全て私の責任だ……」
 魔物が私の心の蔵を貫き、大量の血を私は直後地面に平伏す…。全ては私の責任、ならば私の死を持ってその責任を取ろう、そう思い私は敢えて魔物の攻撃を受けた。次第に遠ざかっていく意識…、これでいいんだ、これで……。


「祐一、祐一…。しっかりして……」
「ん…!?舞か……」
「祐一…!良かった……」
 意識を取り戻した私に舞は我をも忘れて泣きつく。
「どうやら、作戦は上手くいったみたいだな……」
「作戦…?」
「舞がその力を何の束縛にも捕らわれず、純粋に心の奥底からその力を必要としたら、自ら取り戻そうとするんじゃないかと思って…。危険な賭けだったけど、何とか成功したな……」
「祐一、私の為にそこまで体を張って……」
「言ったろ?いつか必ず戻って来て、助けてあげるって…」
「でも、成功したって事は、舞さんはそれだけ兄様の事を思っていたって事ね…。ちょっと嫉妬しちゃうな…」
「本当にありがとう祐一君…。でも私は祐一君の一番じゃないから…、だからせめて……」
「えっ!?、ま、舞さん……?」
 舞は寄り添うように私に近づき、自分の唇を私の唇に重ね合わせた…。
「少しでもいいから祐一君に私の気持ちを伝えたい……。だからこの力を祐一君にあげる…。この力は祐一君の使いたいように使って……」
 交じり合う舌と舌…。深い口付けをする事により舞から伝わってくる力を込めた熱い想い…。
「うーっ、兄様の唇…。でも、仕方ないか…。今回だけは許してあげるわ……」
「舞、祐一さん!!」
「佐祐理さん…」
「二人だけなかなか戻って来ませんでしたから、心配して…。二人とも無事で良かったです……」
 目にうっすらと涙を浮かべ、私達の無事を安堵する佐祐理さん。それとは関係なく、私は舞と口付けしている所を辛うじて見られなかった事に安堵していた。
「さて、帰るとするか…って…」
 立ち上がった瞬間、私はよろめき倒れる。どうやら魔物に心の蔵を貫かれた時大量に血が流れたのが原因のようだ。もっとも舞の力により傷は塞がったが、流れた血が元に戻った訳ではないので、当然と言えば当然だが…。
「仕方ないわね、よいっしょっと…」
 真琴が突然倒れ掛かっていた私を負ぶさる。
「お、おい真琴何するんだ!?」
「無理しちゃ駄目よ、兄様。私が負ぶさって家まで送ってあげるから」
「やめろ!恥ずかしいだろ!!」
「あははーっ、仲が宜しいですね〜」
 真琴に言われるがままに、私は負ぶされたまま校門を目指す事になった。
「お帰りなさい、祐一さん」
 校門前まで戻るとそこに秋子さんが待ち構えていた。
「秋子さん、家に戻らなかったのですか?」
「ええ。祐一さんが戻ってくるのをずっと待っていましたよ。ところで、忘れ物は見つかりましたか?」
「ええ」
 忘れ物を取りに来たという理由は、当初は詭弁に過ぎなかった。だが、確かに忘れ物はあった、舞がこの地に置いていった魔物と形容されし力という名の忘れ物。そして、その忘れ物は今私の体と共にある―。
「ところで佐祐理さん、他の應援團はどうしました?」
「重傷の潤さんを除き、皆さん自宅に戻りました」
「それで潤の容態の方は?」
「一成先生と睦先生が近くの病院に運んで行ったのでご心配には及びません」
「それは良かったです。では今日はこの辺で…」
「ええ。ではまた明日〜」
 舞と佐祐理さんに別れを告げ、私は秋子さんの車に乗せられて家に戻った。先程まで戦闘が行われた学校は、今は深々とした雪が振る中、再び静けさに身を包んでいる。
「正しく、兵共が夢の跡…だな……」


「お帰り…って、どうしたの祐一?」
 真琴に抱えられながら家に上がって来た私に、当然のように名雪が疑問符を投げ出す。
「いや、学校に行ったら献血カーが止まっていたから、ついでだから献血でもして行こうかと思ってな」
「こんな時間に献血なんてしてないと思うけど…」
「いや、どうやら24時間営業の献血カーらしいんだ。で、新装開店出血大サービスで血液を1,500CC位取られたからフラフラなんだ」
「それはいくら何でも取り過ぎだと思うよ…」
「私の血液量は通常の3倍なのだよ!!(C・V池田秀一)」
「うー…、また訳の分からない事を……」
「と、いう訳で部屋のベットに直行だ」
「うん…。でも良かった…、祐一がちゃんと帰って来てくれて…」
 安堵する名雪を背に、私は真琴に抱えられたまま、一路自室を目指した。
「よいしょっと…」
 部屋に着き、私は真琴から降ろされそのまま床に就いた。
「ありがとう、真琴」
「どう致しまして。でも、いくら兄様が力を持っているからといって、もうあんな無理はしないでよ」
「ハハ…肝に命じておくよ。それにしても、正直体をもっと鍛えないと力を使いこなせないな…」
「その時は私が相手してあげるわ。言っておくけど、阿弖流為の智恵と力を手に入れた私は人類最強って言っていい位強くなっていると思うから、覚悟することね!」
「それは怖いな…」
「ところで、兄様。舞さんから授かった力、これからどうするの?」
「そうだな…。あの力は確か失われた蝦夷の力に酷似しているって話だったから、とりあえず應援團にでも入団する事にするよ」
「そう…。じゃあね、お休み兄様」
「ああ、お休み真琴…」
 部屋を出て行く真琴にお休みの挨拶をし、私は深い眠りへと就いていった…。
「…兄様。兄様が受け継いだ力は、蝦夷の力じゃないわよ…。言うなれば蝦夷の力、源氏の力はその元となった力の支流に過ぎない…。…兄様だったら柳也さんの封印を解き放って、阿弖流為のもう一人の子供である神奈(かんな)さんを助ける事が出来るかもしれないわね……」

…第弐拾参話完

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